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十文を探すために五十文をつかった「青砥藤綱」と石碑

投稿日:2018年11月10日 更新日:

鎌倉を歩いていると、街中のいたる場所に石碑が立っているのに気付かれると思います。

普段見ないような難しい漢字が使われていて歴史を感じるなどと思ってましたが、建てられた年月日を見る限り、どうやら明治以降になってから立てられたものが多いようです。

 

鎌倉の街を散歩しながら、石碑を見つけては立ち止まって楽しみつつ読んでいます。

中には、あまり聞いたことがない武将のことにも触れられています。

青砥藤綱とは

鎌倉の東勝寺跡近くには、「青砥藤綱」の石碑があります。

 

青砥藤綱は、鎌倉幕府執権・北条時頼に取り立てられ、時頼、時宗の評定衆として活躍しました。

藤綱は、妾腹の生れだったため、幼少の頃に寺に預けられて出家しましたが、21歳の頃に還俗して青砥三郎藤綱と名乗りました。

28歳の頃に、推挙によって時頼に仕えることになります。

藤綱の器量は政治において優れ、権威があっても驕ることがなく、財があっても遊学を好まず、貧しい者には財を惜しまず施したと伝わっています。

ただ、太平記が信憑性に乏しいと言われており、また、吾妻鏡や評定衆の名前を記した書物に藤綱の名が出てこないことから、本当に実在したかどうかは不明とされています。

 

きんげ
青砥藤綱で有名な逸話としては、十文の銭のために五十文の松明をつかった話ですね。

 

藤綱について調べてみると、鎌倉には青砥藤綱に関する石碑が二つありました。

一つは、鎌倉市浄明寺5丁目にある石碑で、金沢街道を少し住宅地に入ったところにあります。

もう一つは、鎌倉市小町にある石碑で、東勝寺跡に向かう途中の橋手前にあります。

 

五十文の銭を使って十文を探す

鎌倉時代というと、源頼朝、執権を中心に北条家の功績ばかり語られ、家臣の功績はそれほど語られることは多くありません。

青砥藤綱の逸話は、数少ない家臣の功績の一つといえます。

 

藤綱が、夜に滑川を渡っっていたときのことです。藤綱が川を渡るときに誤って十文の銭を落としてしまいます。

藤綱は、五十文を使って炬(たいまつ)を購入し、火をつけて川の中を照らして探します。

つまり、十文を探すために五十文を使ったということです。

 

この話は藤綱の話で最も広く知れ渡っている話になります。

 

「青砥藤綱邸旧蹟

鎌倉執権の美績を談ずる者、概ね先ず時頼、時宗を称す。蓋し其の間、両代に歴任せる青砥左衛門尉藤綱が補益の功に負ふ所のもの、亦必ず少なからざるべきなり。藤綱逸話に富む。嘗て夜行きて滑川を過ぎ、誤りて銭十文を水に墜す。乃ち五十文を以て炬を買ひ水を照らして之を捜れりとの一事、特に最も人口に膾炙す。此の地は其の藤綱が居住の旧跡なりと言ふ。

大正十年三月建之

鎌倉町青年會」

 

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人々に笑われる青砥藤綱

太平記によると、

藤綱は北条時宗と貞時の二代に仕えて引付衆になった。夜に出仕した際に、誤って十文の銭を滑川(なめりがわ)に落としてしまった。そこで、藤綱は、五十文をつかって松明を買い、川を照らさせて十文を探させ、ついに見つけた。

人々は、十文を得るために五十文をつかったことを笑った。

藤綱は、これを聞いて「十文の銭はわずかだが、これを失うことは天下の財貨を損なうことになる。五十文をつかったことは、私には損だが、天下の人々にとっては利益である。」と人々に教えたという。

藤綱の人間性が分かるお話です。

 

「青砥藤綱旧蹟

太平記に拠れば、藤綱は北条時宗、貞時の二代に仕へて引付衆に列りし人なるが、嘗て夜に入り出仕の際、誤って銭十文を滑川に墜し、五十文の続松を購ひ、水中を照らして銭を捜し、竟に之を得たり。時に人々、小利大損哉と之を嘲る。藤綱は「十文は小なりと雖、之を失へば天下の貨を損ぜん。五十文は我に損なりと雖、亦人に益す。」旨を訓せしといふ。即ち其の物語は、此辺に於て演ぜられしものならんと伝へらる。

昭和十三年三月建

鎌倉町青年團」

 

青砥藤綱旧跡の近くにある東勝寺橋からの眺めは、紅葉の時期はとても美しいです。

この川が石碑に出てくる「滑川(なめりがわ)」です。

ちなみに、大刀洗川は途中で滑川に合流します。

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青砥藤綱の石碑めぐりまとめ

・鎌倉には、青砥藤綱の石碑が二つある。

・石碑に書いてある説話はどちらも「十文のために五十文をつかった話」

・青砥藤綱は実在したかどうか怪しいとされている。

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