資格の部屋、主に資格と名所について取り上げます。

きんげの部屋

神奈川県

「きんげのママチャリ旅・番外編」ママチャリで小田原城を見に行く・その1

投稿日:2020年11月8日 更新日:

横浜から小田原までママチャリで行ってきました。

 

小田原城天守閣からの眺めが素晴らしいという話を聞き、今回のママチャリ旅は、小田原城に行って天守から市街地や相模湾を眺めようと思います。

 

今まで実家にあったママチャリを、最近になって横浜の家にもっていってしまったので、小田原へは横浜からの出発になりました。

しかも鎌倉の鶴岡八幡宮を経由したので、片道だけで70キロになってしまいました。

 

長い時間サドルに座ってたおかげでお尻が痛くなってしまい、途中からだいぶペースは落ちましたが、早朝に出たおかげで何とか日帰りで戻って来れました。

 

小田原城の歴史

現在の小田原城は戦後に再建されたものですが、建物内部には歴史的に価値のある資料が展示されています。

天守閣の最上階に上れば、小田原市街地や相模湾を一望することもできます。

 

小田原城は、神奈川を代表する城で、戦国時代は北条氏の居城でした。

上杉禅秀の乱の功により、1417年に小田原に領地を得た大森氏は城を築きます。

1501年に伊勢宗瑞(北条早雲)が大森氏から小田原城を奪い、息子の氏綱の頃に韮山から小田原城に居城を移します。それ以降、小田原城は北条氏の関東支配の拠点として整備されていきました。

北条氏は、初代早雲、二代氏綱と着実に領土を広げ、三代目氏康の頃には戦国最強といわれた上杉謙信や武田信玄に攻められますが、小田原に籠城して撃退しています。

四代目氏政・五代目氏直の時代には、周囲9キロに及ぶ総構えを構築して、小田原城は日本最大の城郭となりました。

 

北条氏の滅亡後は、徳川氏の重臣大久保忠世が城主となります。

忠世没後は、嫡男の忠隣が城主となりましたが、大久保氏は改易されてしまいます。

 

大久保氏改易後は、稲葉正勝が城主となり、稲葉氏が城主の時代に小田原城は近世城郭として生まれ変わります。

1686年に再び大久保氏が小田原城主となり、そのまま大久保氏の支配は明治維新まで続きます。

明治維新を迎え、1870年(明治3)に小田原城は廃城となります。

建物は解体され、売却されました。

現在ある天守閣は、1960年に復興されたものです。

 

今回のルート

横浜から16号線を通って南下し、鶴岡八幡宮を経由して由比ヶ浜に出て、後は海沿いの道をひたすら西に進んで行きます。

 

スポンサーリンク

小田原城を見に、まだ暗い早朝に横浜を出発

Googleのナビだと片道4時間半ですが、寄り道しながらだと6時間はかかるだろうと思い、横浜を午前3時頃に出発しました。

 

予定では、鶴岡八幡宮に5時前に到着し、茅ヶ崎で日の出を見て、9時頃に小田原城に到着する感じです。

横浜を出発した時は午前3時だったので、辺りは真っ暗でした。

 

深夜でも横浜から関内辺りまでは人出がありましたが、そこを過ぎるとクルマも人もあまり見かけなくなります。

16号沿いは、ほぼ平坦な道が続くのですが、金沢区に入ると能見台までちょいちょい坂があって意外としんどかったです。

 

予定では4時30分前に朝比奈峠に到着でしたが、実際に着いた時は5時10分を過ぎてました。

「朝比奈」交差点

横浜周辺は5時頃になるとクルマや人出が増えますが、朝比奈は車がほとんど走ってませんでした。

ときどき後方から来る車に気を付けながら坂を上って行きます。

 

朝比奈峠は、峠と呼ばれる割には小さいですが、ママチャリだとメチャクチャしんどかったです。

一番低速にするとスピードが落ち、次第に止まってしまいます。

普段、車やバイクで通る道ですが、こんなに距離あったかと思うほど長く感じました。

結局、中腹から自転車を押して峠を越えることになり、今振り返ると一番の難所がここだったような気がします。

一応、今回の旅も鶴岡八幡宮を出発とする予定でしたが、この坂が強烈過ぎて触れないわけにはいかなくなりました。

坂を上り切ったものの、疲れ果てて本気で中止しようかと思いました。

 

鶴岡八幡宮を5時半に出発

結局、5時に到着予定だった鶴岡八幡宮には、30分オーバーの5時半に着きました。

予定より遅れはしましたが、朝比奈峠で苦労した割に早く着いたと思います。

 

予定より少し遅れましたが、気を取り直して小田原に向けて出発です‼

 

由比ヶ浜海岸には5時35分に到着しました。この日の日の出は、6時4分です。

日の出前ですが、サーフィンしてる人がいます。早朝なのでワンコを散歩させてる人も多く見かけました。

 

稲村ヶ崎には、5時45分に到着しました。この時間になると通勤の車も多くなります。

出発する直前の天気予報は晴れでしたが、実際には曇ってました。空気が比較的乾燥してたので伊豆半島がよく見えます。

 

昼間はアジア人で賑わう鎌倉高校前の踏切も、早朝は通勤途中の人しかいません。

 

江の島に着いた時に、ちょうど日の出時刻だったので、江の島に立ち寄りました。

やはり雲が多くて太陽が見えず……微妙です。

 

気を取り直して小田原を目指します。

江の島よりも西側に来るのは数年振りです。自転車で江の島より西側に来たのは初めてなので少しワクワクします。

 

湘南海岸公園に来るのも10年ぶりくらいです。

この辺では、仕事前にサーフィンをする人が多いです。国道沿いのマンションはサーファーに人気です。

 

江の島から小田原までは30キロ以上ありますが、きつい坂がほとんどないのでママチャリでも気持ちよく走れます。

 

横浜ではまだ少ない自転車レーンの表示があります。ただ、途中から景色が砂防林ばかりで飽きてきます。

 

時速20キロで7キロ走ると、食パン1枚くらいのカロリーを消費できるそうです。

ママチャリでもしっかりこげば3、40キロに達しますし、少し意識するだけでも時速20キロは出ます。あとはそれを維持するだけですが、この辺りの道はもってこいだと思いました。

 

6時45分にサザンビーチに到着しました。

信号待ちしていたら、海沿いの道に車が数台止まってたので寄りました。

 

烏帽子岩

 

湘南大橋からの眺めも良かったです。

鎌倉や逗子と違って、この辺りまで来ると富士山も大きく見えます。山梨や静岡の人からすれば、たいしたことないんでしょうけどね。

 

橋の上からの川と海の眺めもなかなか素晴らしいです。

相模川と海

 

湘南大橋の碑

湘南海岸地域は日本の代表的な海浜レクリエーション地域であると共に、温暖で良好な環境に恵まれた住宅地として知られていますが、昭和の初めごろまでは何の変哲もない砂丘地域でした。

昭和六年、県はこの地域の発展のために、藤沢市片瀬から大磯町に至海岸沿いに湘南遊歩道路の建設を始め、昭和十一年秋、この事業最大の工事であった湘南大橋を完成させました。

湘南大橋はその後半世紀もの間、東海道筋の重要な交通路としての役割を果たしてきましたが、老朽化のためこのたび架け替えを行いました。

新しい湘南大橋は「人と人とのふれあい」をモチーフに設計し、幅の広い歩道と親柱やバルコニーの紋章に「ふれあい」の空間を表現しました。

 

花水橋から眺めた川です。この辺りまで来ると街ものんびりした雰囲気がありますね。

 

大磯に入り、少し休憩をとることにしました。休憩したのは大磯海岸広場という場所です。

道路が平たんなので気分良く走れるのですが、長時間サドルに座ってるとお尻が痛くなります。

この頃からお尻の痛さとの戦いが始まります。

 

途中、コンビニに寄るために大磯駅前の方へ行きました。

車道に自転車のナビマークが表示されていますが、こっちの方はおばさんでも自転車は車道を走ってました。横浜ではこういったマークはまだ少ないですし、何よりおばさんが自転車で車道を走っている姿を見たことがありません。

 

途中で曽我兄弟と縁のある延台寺に立ち寄りました。

この寺院は、虎御前が兄弟を弔うために建立したそうです。

曽我十郎の剣難を救った身代り石。また虎御前の成長につれて大きくなったといわれる生石である。江戸時代の東海道名所記に「虎が石とて丸き石あり、よき男のあぐればあがり、あしき男の持つにはあがらずといふ色好みの石なり」とある。この場所におかれていた。

虎御石は普段は見ることができません。

 

途中にあった鴫立庵(しぎたつあん)です。

鴫立庵は、京都の落柿舎、滋賀の無名庵とともに日本三大俳諧道場の一つとされています。

 

スポンサーリンク

太平洋岸自転車道が最高だった

今回の旅で良かったのが、「太平洋岸自転車道」です。

太平洋岸自転車道のホームページによれば、千葉県銚子市から神奈川、静岡、愛知、三重、和歌山の太平洋岸を走って和歌山に至る1,400キロの自転車道をいうようです。

 

 

三浦半島の海沿いの道も入っているようですが、こっちの道のように整備されてないので知りませんでした。

大磯の自転車道は整備されており、海に感動しながら走ってました。

海岸線沿いを西湘バイパスと並行して進むことができます。

海を見れば疲れが吹き飛びます。自転車で走るにはとてもいい道です。

ウォーキングやランニングしている人も多く見かけました。

 

途中で大磯城山公園に寄りたかったのですが、オープン前だったので帰りに寄ることにしました。

 

鎌倉や逗子よりも富士山が大きく見えます。

この時の時刻は8時22分です。

朝食を食べてないのを思い出したら、急にお腹が減ってきたのですが、周りにコンビニにしか見当たらず、仕方ないので駅前を目指すことにしました。

 

8時45分頃に二宮駅入口に着きました。

駅まで行きましたが、コンビニくらいしか見当たらなかったので立ち去りました。

 

小田原市内に到着

8時55分に小田原市に入りました。

きんげ
思えば遠くまで来たもんだ

ママチャリでここまで遠くに来たのは初めてです。

 

途中の国府津駅にも寄りましたが、駅前は何もありませんでした。

ただ、海は目の前だし富士山も見えるしで景色は良いです。

 

国府津駅を出て3キロくらい来たら、ヨークマートやマクドナルドがありました。

 

マクドナルドで朝食にしようと思ったら、松屋の看板が見えたので、結局松屋にしました。

猫山
小田原に来てまで松屋か……。

松屋で休憩をかねてまったりと朝定食を食べました。ここは9時50分頃に出ました。

 

酒匂川も大きな川です。田舎のこういった景色は癒されます。

 

ようやく小田原城の文字が見えました。ここから小田原城まで2キロです。

 

小田原城に行く途中で迷ってしまい、とりあえず小田原駅を先に見ることにしました。

二宮駅と国府津駅の駅前を見て来たので、小田原駅前がかなり発展していて驚きました。

ゴーゴーカレーがあったので行きたかったですが、朝食を食べたばかりなので諦めました。

 

とりあえず小田原駅に到着しました。

 

 

ママチャリで小田原城を見に行く・その2」につづく

 

小田原城址公園と小田原城からの眺め

-神奈川県
-, ,

Copyright© きんげの部屋 , 2020 All Rights Reserved.