資格の部屋、主に資格と名所について取り上げます。

きんげの部屋

鎌倉

鎌倉の3つの御所(大倉幕府・宇都宮辻子幕府・若宮大路幕府)めぐり

投稿日:2019年4月29日 更新日:

鎌倉時代に政庁が置かれたといわれているのが、大倉幕府、宇都宮辻子幕府、若宮大路幕府の3つです。

今日は、大倉幕府跡、宇都宮辻子幕府跡、若宮大路幕府跡の順にまわってみました。

 

3つの幕府跡地は、それぞれ数百メートルずつしか離れてないので、3つまわっても1時間かからずに回ることができます。

鎌倉時代の3つの幕府(御所)

治承4年(1180年)に鎌倉に入った源頼朝は、大倉に居館を建て、ここを政庁としました。

建久3年(1192年)に頼朝は征夷大将軍となり、鎌倉幕府が開かれました。

現在では、鎌倉幕府の成立は1185年と習うそうですが、幕府の成立については諸説あるようです。

きんげ
ここでは1192年として話を進めていきます。

 

 

鎌倉時代(1192年~1333年)に鎌倉幕府の政庁となったのは、大倉幕府の他、宇都宮辻子幕府と若宮大路幕府があります。

 

赤色で丸囲みしてある3か所が、鎌倉時代に幕府があった場所です。上から大倉幕府、若宮大路幕府、宇都宮辻子幕府です。

幕府となった順番は、大倉幕府(建築は1180年・1192年~1219年)、宇都宮辻子幕府(1225年~1236年)、若宮大路幕府(1236年~1333年)の順です。

 

Googleのマップで赤色でアイコンをつけました。

 

大倉御所(幕府)跡

頼朝が居館とした場所は、「大倉幕府(御所)」と呼ばれるようになり、1219年に火災で焼失するまで鎌倉幕府の政庁でした。

大倉幕府は、鎌倉と外港六浦を結ぶ金沢街道沿いにあったようです。

 

最初は、亀ヶ谷が候補地として挙がっていたようですが、既に岡崎義実が義朝の菩提を弔うお堂を建てていたので、やめて大倉の地に御所を建てました。

鎌倉五山第三位の「寿福寺」は北条政子が創立?源実朝の供養塔も

寿福寺は、源頼朝の妻である北条政子によって創立されたため、裏山には政子の墓といわれる五輪塔があります。 また、墓地には、高浜虚子や大佛次郎、陸奥宗光といった著名人の墓もあります。   目次1 ...

続きを見る

 

鎌倉時代は、火事が多かったのですが、原因は地震や失火の他、放火と疑われる火事も多かったそうです。北条氏の館を狙った火事も多かったとか。

大倉幕府跡地に立つ大蔵幕府旧蹟

「今を距る七百三十七年の昔、治承四年源頼朝邸を此の地に営み後、覇権を握るに及びて政を此の邸中に聴く。所謂大蔵幕府是なり。爾来、頼家・ 実朝を経て、嘉禄元年、政子薨じ、幕府の宇津宮辻に遷れるまで此の地が覇府の中心たりしこと実に四十六年間なり」

 

 

清泉小学校の区画の角にあります。真っすぐ歩くと頼朝の墓や法華堂跡があります。

 

宇都宮辻子御所(幕府)跡

1219年に3代将軍源実朝が甥の公暁に殺害されたため、次の将軍となる人を九条家から迎え入れ、政治は北条家が後見しました。

承久3年(1221年)に承久の乱が起こり、北条義時が勝利したことで鎌倉幕府の体制は強固となりましたが、承久の乱から3年後の元仁元年(1224年)、北条義時は死去し、代わって北条泰時が3代目執権になります。

さらに翌年には、北条政子と大江広元といった幕府の重要人物が死去します。

 

心機一転するために北条泰時は、幕府の移転を提案します。

「もっと行きたい鎌倉歴史散歩(奥富敬之著)」によれば、将軍御所の移転の際に、北条泰時は陰陽師から激しい反対意見にあったそうで、泰時は何度も陰陽師を招いて意見を聞きつつ、工事に着工したそうです。

 

そして、翌1225年に北条泰時は、宇都宮辻子に幕府を移しました。

鎌倉幕府の有力御家人であった宇都宮氏の邸宅があったことから「宇都宮辻子幕府」と呼ばれ、12年間幕府が置かれました。

辻子とは、細道、小道といった意味です。

 

宇都宮辻子に幕府があったのはわずか12年でしたが、御成敗式目が整備され、戸主制も用いられたそうです。

 

宇都宮辻幕府旧蹟

「鎌倉幕府は初め大蔵に在りしが、嘉禄元年(1225)政子薨じてより、之を地に遷さんとの議起こり、乃ち時房、泰時等巡検評議の末、同年十一月、此の地に造営、十二月将軍藤原頼経此に移り住す。爾後嘉禎二年、頼経再び之を若宮大路に遷せるまで、天下の政令の此に出づるもの凡て十二年なり。」

 

宇都宮辻子跡には、宇都宮稲荷神社が建っています。

 

 

神奈川県鎌倉市小町2丁目15−19

宇都宮辻子は、細い道にあります。跡地には小さな稲荷神社あり、赤い旗が何本か出てます。

 

若宮大路御所(幕府)跡

1225年から1236年まで宇都宮辻子に鎌倉の幕府がありましたが、1236年に若宮大路幕府が建築され、政治の中心になりました。

移転の理由は不明ですが、若宮大路幕府跡には鎌倉時代の終わりまで、1236年からの98年間幕府が置かれました。

若宮大路幕府旧蹟

「鎌倉幕府は初め大蔵に在りしが、嘉禄元年、政子の薨ずると共に将軍藤原頼経之を宇都宮辻に遍し後、十一年にして嘉禎二年再び此の地に遍ず。爾来九十八年頼経以後六代の将軍相次ぎて政を此に聴けり。元弘三年新田義貞の鎌倉に乱入するに及びて廃絶せり。」

 

 

神奈川県鎌倉市雪ノ下1丁目11

若宮大路幕府跡も狭い道の十字路にありますが、ここが一番分かりにくいかも。

 

おわりに

管理人は、原付で回ったので、全部回っても10分もかかりませんでしたが、徒歩でも1時間もあれば回れると思います。

3か所とも跡地なので、碑以外見るものがないからですw

 

周りには宝戒寺、鶴岡八幡宮といった寺院や史跡が多いので、一緒に回るのがいいと思います。

 

-鎌倉
-, ,

Copyright© きんげの部屋 , 2020 All Rights Reserved.