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きんげ

横須賀

横須賀市の武山まで行ってきました

投稿日:2019年2月9日 更新日:

きんげ
横浜から横須賀の武山までバイクで行ってきました。

武山は山頂までバイクで行けるという情報を得たことから、急きょ計画しました。

 

横浜から武山までは、距離にして40kmくらいあるので、片道1時間30分もかかります。

きんげ
横須賀中央駅前を経由するルートが一番分かりやすいようです。

 

武山の概要

武山は、三浦半島のやや南に位置する標高206mの山です。

展望台からは、東京湾や相模湾のほか富士山が見えるそうです。

武山は、道が舗装されているため、自転車やバイクで山頂まで行けるのがいいですね。

 

標高は200メートル、山頂付近に植えられたツツジは、4月中旬から5月上旬にかけて見事な花を咲かせます。 武山~砲台山・三浦富士にかけてハイキングコースが整備されています。 山頂に三浦半島霊場の一番札所、龍塚山持経寺武山不動院があります。 毎年、1月28日の「初不動」の日に本尊の不動明王が御開帳され、多くの人で賑わいます。 山頂一帯には約1,200本のツツジが植えられ、例年、5月3日~5日の間にかけて武山ツツジ祭りが開催されます。 展望台からは、東京湾、相模湾を一望でき、お天気がよければ富士山を見ることもできます。

横須賀情報観光サイト https://www.cocoyoko.net/spot/takeyama.html

 

横浜から横須賀の「吉倉公園」まで

今回も横浜から横須賀中央までは国道16号線で行きます。

このルートが一番早いし、分かりやすいと思います。

 

行く途中で山下公園にも立ち寄りました。

ベイブリッジだけ写真を撮って横須賀を目指すことにします。

 

横浜は、午前10時頃に出発しました。

予定したルートは、横須賀中央まで国道16号線で行き、横須賀中央駅前を通って衣笠十字路も衣笠インターもひたすら突っ切るというものです。そして、武山団地入口を横に入って坂を登って行けば武山に着きます。

 

出発して50分ほどで横須賀市の追浜に入るのですが、追浜あたりから急にシャッターが下りている店が目立ってきます。

昔、追浜の16号沿いにあった「丸新らーめん」というラーメン屋さんを思い出して、今もあるかと思いながらバイクを走らせてたのですが、どうやら移転したようです。

 

吉倉公園

追浜のコンビニで休憩しながらスマホを眺めていたら、途中にある吉倉公園という公園が横須賀港に隣接してるのを発見、もしかしたら軍船が見れるかと思って立ち寄りました。

 

吉倉公園は、国道16号線を入ったすぐ近くにあります。

地図で見ると線路を挟んだ反対が横須賀港で吉倉桟橋も近くだったので、かなり期待してました。

 

公園は、住宅街によくある小さな公園といった感じです。

 

線路が邪魔で前がほとんど見えませんでした。下から覗いてこれです。

 

公園内のいろいろな地点で軍船が見えないか試してみましたが、木が邪魔でほとんど見えなかったり、線路が邪魔で見えませんでした。

少しだけ軍船の影が見えましたが、これならヴェルニー公園や安針台公園のほうが見えますね。

 

公園の隅には、芥川龍之介の文学碑が立ってました。

 

芥川龍之介の文学碑

「龍之介は、明治二十五年三月一日、東京市京橋区入船町(現、東京都中央区入船町)に父新原敬三、母ふくの長男として生まれ、辰年辰月辰日辰刻の生まれにちなみ龍之介と命名された。

家庭の事情で幼くして入籍した龍之介の養家は本所(現、東京都墨田区領国)にあった。このことは「遺された江戸」の面影をとどめる土地柄を通して、彼の個性的成長に見逃せぬ要因となっている。彼はこの地を深く愛惜していたにもかかわらず、”西洋”との出会いは彼を故郷から脱出させることになる。

彼自身の言葉によれば、「中流下層階級」からの脱出を「文学」に賭けたわけである。

「蜜柑」は、彼が横須賀の海軍機関学校教官時代、鎌倉の下宿への帰路、横須賀線内でたまたま出会った出来事を題材にとしている。横須賀駅を出た記者の中で、ニ・三等車の区別もわからぬ娘が、自分を見送るため待ちかまえていた弟たちに、窓から蜜柑を投げ与えその労に報いた姿をみて、最初にいだいた不快感から一転明るい感動を覚えたことを作品化したものである。

彼は機関学校時代の一時期、横須賀市内汐入五八〇・尾鷲梅吉方(現、横須賀市汐入町三丁目一番地)に下宿していたが、塚本文との結婚で再び鎌倉に移った。機関学校での生活は、時間的拘束や生徒の気風になじめず、彼のいわゆる「不愉快な二重生活」であったようだが、そのためか週末はほとんど田端の自宅で過ごしていた時期もあった。だがそうした感情とは別に、彼は授業に対してはたいへん熱意があり、内容もおもしろく有益なものであったと当時の教え子が述懐している。

和二年七月二十四日、龍之介は自ら杯を仰いで一命を絶った。享年三十五歳であった。」

 

蜜柑の文学碑

 

 

芥川龍之介の文学碑を読んでいたら、近くで外国語で言い合いをしているインド系の人がいたので、近寄ってみると仕事のやり方について言い合っているようでした。

4人いた職人全員がインド人でしたが、こんな何でもないところでも現場仕事の日本人不足を痛感できます。

 

吉倉公園から武山まで

吉倉公園を後に今度は横須賀中央駅を目指します。

横須賀中央駅周辺は、三浦半島最大の商店街です。

 

横須賀中央駅下側の入口。

 

横須賀の商店街もシャッター街と化しつつあります。

 

その後、衣笠十字路に着いてのですが、衣笠周辺はそこそこ車の通りがありました。

衣笠の物件が全然売れないという話を聞いたことがあったので予想外でした。

 

「井戸店」交差点

本当は、衣笠山公園にも寄りたかったのですが、天気が悪かったので帰りに寄ることにしました。

結局、雨が降ってきてしまい寄らずに帰宅することになりましたが……。

 

武山へは、「武山団地入口」を越えてすぐ左の道を進んで行きます。武山市民プラザの前の道を進んで行きます。

 

住宅街を進んでいくと、鋭角に左に曲がる道があります。ここから武山の山頂まで1,300mです。

武山山頂の案内表示もありますが、注意してみないと気付かないで行ってしまいそうです。

 

道は舗装されてますが、急な上り坂も何か所かあります。少し前に進むと登山者用に杖が置いてありました。

 

平日だったせいか歩いている人は途中で1人だけしか見かけませんでした。

 

途中に「関東の冨士見百景」の看板があったので、停車して休憩しました。

天気が悪いせいか富士山は見えませんでした。機会があったらまた来るかもしれません。

 

道の途中にあった庚申塔。不動明王と三猿でしょうか。

 

武山の山頂には「武山不動院」の看板が出てました。

寄り道をしたので、横浜から1時間40分ほどかかりました。

 

武山展望台

武山不動院の入口を入ってそのまま進むと展望台があります。

上が展望台になっていて、下は休憩所になっています。

ハイキングコースにもなっているので、ここでランチする人もいるようです。

展望台に着いた瞬間、急に雨が降ってきたので屋根がありがたかったです。

 

展望台の前に設置されてあった看板です。

 

展望台横にあった「躑躅園之碑」です。武山ツツジ祭というのが行われるくらい有名だそうです。

 

展望台に方位の案内があるのですが、雨で少し濡れてます。

 

三浦半島東方面の眺めです。

 

南方面の眺めです。

先に伸びている陸地は雨崎とか剱崎あたりのようです。

 

天気が悪かったので写真で見ると微妙ですが、肉眼で見た展望台からの眺めは素晴らしかったです。

個人的には、大楠山より気軽に行けるので気に入りました。

 

武山不動院

突然の雨からの避難のために休憩所で休憩していたら、10分ほどで雨が止んだので、武山不動院に寄りました。

「武山初不動」案内板

横須賀風物百選にも選ばれていますが、三浦半島二十八不動尊霊場の一番霊場でもあります。

武山不動尊は、大日如来の返信姿で、災害を除き財宝を得る功徳があるそうです。

 

境内には、石の仏像や碑が置かれてあります。

 

入って右にあった鐘楼です。

 

不動明王が安置されてある本堂がこちらです。

賽銭を入れるときに中を覗いてみましたが、不動明王像が見えました。

 

「武山稲荷大明神」

 

「筆塚」

筆塚は、寺子屋の師匠を供養するためや、使い古した筆を供養するために建てられる供養塚です。

 

この後、また雨が降らないうちに急いで横浜に帰りましたので、衣笠山公園には寄れませんでした。

 

住所 神奈川県横須賀市武1-3040
営業時間 7:00~17:00

 

武山プチツーリングの感想

・横浜からなら、朝早く出れば半日で往復できる、気軽なツーリングが楽しめます。

・武山山頂まで路が舗装されているので、自転車やバイクで山頂まで行けます。

・上る途中には富士山が見えるポイントがあります。

・次は、西側の国道134号線経由で来てみたい。

 

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